top of page

​​​​​​​​​音、身体、部屋、録音のための断片​​

Fragments of sound, body, room, and recording

2026.8.1

Sounding: A Contemporary Score, MoMa ,2013

2026.7.20

Alvin Lucier, Music on a long thin wire, 1980

​​

​Yukio Fujimoto, STARS  mixed media, 18 pieces, 1990

Janet Cardiff, The Forty Part Modet,2001

​​

2026.7.7

「ウオーレス・スティーブンスは訪ねた。「あなたの建物には、どんな日の光のかけらがありますか?」

大方の建物には、ほんの光のかけらないが、しかしその場所固有のかけらを持った建物もある」

(POETICS OF  LIGHT,、a+u(建築と都市)1987年12月臨時増刊号、4頁) 

2026.6.7

「先カンブリア時代には、化学物質を出したり、音をたてたりさえしなければ、相手にぶつかりでもしないかぎり、捕食者を避けることができた」

(アンドリュー・パーカー『眼の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く』草思社、342頁)

行き当たりばったりの知覚

のろのろとした捕食

 

視覚のない時代

わずかな空気の震えや水のゆらめきが他者の存在の一部だった

かたちを持たない他者nenn 

2026.6.5

対話

"tiny"ということば

「フラクタルな小宇宙」という表現
 

2026.5.25

​​​​

「空間によって、また空間のなかに、われわれは

長期の滞留によって具象化された、美しい持続の化石をみいだすのである」

(ガストン・バシュラール『空間の詩学』、ちくま学芸文庫、52頁~53頁)

時間はそのままでは、

残らない

残るのは、

長くそこにいたことが、

部屋に与えたかたち

壁、床、椅子

身体の跡

​​

音を鳴らし、

部屋に沈んでいた滞留が

低く呼応する

2026.5.23

暗い部屋のカーテンが午後の光と音を吸う

2026.5.20

「視覚的空間は、方向づけられ、計画された目的運動の空間で、音響的空間は舞踊の空間である」

(オットー・フリードリヒ・ボルノウ『人間と空間』、せりか書房、331頁)

​​

見ることで、部屋に方向が生まれる

聴くことで、部屋はほどけていく

​​

2026.5.15

「身体の考古学」

(伊藤亜紗『記憶する体』、春秋社、274頁)

​​​​​​​​​

以前とは違う仕方で世界に触れている身体で「ある」

その身体が積み重ねた記憶に寄り添う

2026.5.12

「日常というのは、いつも耳にする、よく知った音でできている」

(長田弘『幼年の色、人生の色』、みすず書房、11頁)

​​​

異音

日常の表面に細い亀裂

亀裂から覗く聴き慣れた音に囲まれた日常

知らない音の方へ少しだけ身体が向く

2026.5.5

「四万年前のネアンデルタール人は墓標を作っていた。(中略)純粋造形物、いわばアートの起源である」

(杉本博司『アートの起源』、新潮社、133頁~145頁)

​​​​​​

「私ではない石であり、私ではない土であり、私ではない空。というよりも、石ではないなにか、土ではないなにか、空ではないなにか、それが

私なのだと気付く」

(同上、79頁)

​​​​​​​

京都でジュリエット・アニェルの作品に触れて​思い出した一節

​​

2026.5.2

「ジュリエット・アニェルは、カメラを用いて見えないものを捉え、彼女自身が呼ぶところの「世界の振動」を可視化することを試みます」

(Juliette Agnel "The Scent of Light" KYOTOGRAPHIE 2026)

畳を吹き抜ける風​​​

床のきしみ

中庭のざわめき

まるで彼女の写真の一部であるかのように、

会場は刻々と変化し、静かに呼吸していた

​​​​​​

2026.4.20

「生命の必然から生まれた形ほどすばらしい彫刻はない」

(ジュゼッペ・ペノーネ「森は目である。その目には自然が刻まれている」、

エルメス財団編『Savoir & Faire 木』、講談社選書メチエ)

かたちは、あとから選ぶものではない​​​​​​​​​​​

​​​​

必要なものだけが

そのまま残る

​​​​

必然に見せるのではなく、

必然であるものだけを置く

2026.4.19

「正しい大きさの感覚が、認識を正しくする」

(長田弘『幼年の色、人生の色』、みすず書房、129頁)

​​​​​

Tremorの正しい大きさをそのまま受け止める​​

Tremorの大きさに身体を合わせていく

ミッシャ・マイスキーがチェロの正しい大きさを愛でているように

2026.4.17

Tremorがすでに持つ音を整える

という感覚が生まれる

掌すべてを使って土をこねるように、

Tremorを扱う感覚

2026.4.16

​​

照明がない天井

代わりにマイクを垂らす

部屋の輪郭を記録する準備

2026.4.15

​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

​"les recherches de sons fossiles dans des objets antiques

(古代の物体における“化石の音”の研究)"​​​​​​​​​​​​​​​

(Georges Charpak, ”Mémoires d’un déraciné, physicien, citoyen du monde")

古代の土器に残された溝

その表面に刻まれた手の動き

そこから、当時の声や歌が聞き返せるのではないか

そう夢想したジョルジュ・シャルパクという

フランスの物理学者がいた

​​​​​​​​​​​​​

2026.4.10

「沈黙の帳はあまりに厚く、そのようなことが起こったかどうかすら私たちには確かではなく」

(ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史・上巻』、河出書房新社、85頁)

​​​​​​​

化石や石器とは違って、​​​​

音は発掘されない

太古の旋律もその律動も

沈黙というかたちで静かに沈んでいる

2026.4.8

中世ヨーロッパにおいて教区は、

教会の鐘の音が届く範囲の領域だった

(R.マリー・シェーファー『新装版 世界の調律』、平凡社ライブラリー0926)

​​​​​​​​​​​​​

音が届くまでがひとつの場所になる

境界は響きの薄れるところにある

聖なる音は人々の身体の向きをそろえていた

​​

2026.4.5

音が場に触れることで

その場の輪郭が見えてくる

場が音を通じて現れる

2026.4.4

Artist statment

2026.3.31

 

ジョン・ケージが無響室で聴いた音

血液が体内をめぐる低音

沈黙に近づくほど

身体の音が立ち上がる

しかし、本当にそのような音はするだろうか?​

2026.3.22

​​​​​​​

「暗い生活を余儀なくされたわれわれの祖先は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用し始めた」

(谷崎潤一郎、写真・大川裕弘『陰翳礼讃』、パイインターナショナル、5頁)

天井の照明を外す​

暗い部屋は、太陽の位置を聴きはじめる

2026.3.21

Glenn Gould: The Idea of North)

北とは

場所というより

ひとつの向きなのだと

グールドは言った

遠ざかること

内側へ沈むこと

静けさの方へ身体を向けること

2026.3.4

Antti J. Leinonen「Pyynti /漁」@杉村惇美術館

皺と鱗

雪と血

網と修復

2026.3.12

「静寂とは、単に音のない状態ではない。そのことを私たちはほとんど忘れてしまった」

(アラン・コルバン『静寂と沈黙の歴史』、藤原書店、11頁)

2026.3.11​

14時46分

1分間の黙祷

2026.3.7

 


高橋健太郎 「呼吸する庭」
(彫刻の現在地点 in Tohoku 共鳴する幻影 @SARP)

​​​​​​​​​​​​​​​

強風になびくSARPのガラス窓、呼応する呼吸

​​​​​​​​

​​​​​​​​

2026.3.6

「突き詰めれば、建築とは静寂が硬化したことでできた芸術だ」

(ユハニ・パッラスマー『建築と触覚』、草思社、92頁)

​​​​​​​​​​

沈黙が​​​​​​​​​​

暗い部屋の壁に触れる

​​

床に残り

Tremorの木部にも

時間をかけてしみていく

​​

この暗い部屋にしかない

沈黙の肌理がある

2026.3.5

暗い部屋の静けさは、

堆積していく

​​​​​​​​​​​​​​​

2026.3.3

 

​​​​​​​​​​​​​​​​

Jean-Michel Delacomptéeの詩​​​​​​​​​​​​​​

「静けさはつもる」という一節

2026.3.2

​​​​​​​​​​​​​​

沈黙のあと、

身体が暗い部屋に残る

2026.3.1

音は鳴っていない

椅子と暗い部屋はつもる。

2024.9.1

 

​​​​​​​

法律上、部屋と呼べない暗い部屋

そこにTremorを置く

Tremorは、この暗い部屋で音を形作るすべての総体

​​​​​

​​​​​

​​​​

2021

「十九世紀自然科学の子供である、写真という素材の中に、この古典的な『フィロソフィー』の存在が感じられるのです」

(畠山直哉『はなす写真』、小学館、174頁~175頁)​​​

fragmentsの地層の

いちばん深いところに

​この一節が沈んでいる

Ⓒ 2026 shidurai all rights reserved.

bottom of page